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マケイン

ネオナチやアルカイダ系集団と接触していた親イスラエルの議員が死亡
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808280002/
2018.08.29 櫻井ジャーナル


 アメリカのジョン・マケイン上院議員が8月25日に脳腫瘍で死亡した。1967年10月、北ベトナムを空爆中に撃墜されて捕虜となり、73年3月まで拘束されていた。この経験を利用してマケインは英雄に祭り上げられたのだが、ほかのアメリカ人捕虜は彼が北ベトナムに協力していたと主張している。

 こうした主張が事実だとしても、ベトナム戦争は侵略以外の何物でもなく、破壊と殺戮の過程でアメリカ軍はオレンジ剤(枯れ葉剤)という化学兵器を使用、その影響は今も残っている。その侵略軍に立ち向かう決心をしたとしても非難することはできない。が、その後のマケインを見る限り、そうしたことで北ベトナムに協力したわけではないようだ。

 その後、マケインはCIAがヨーロッパのネオ・ナチやアジアの反コミュニストをCIAが集めて組織したWACLのアメリカにおける支部、USCWFの顧問に就任する一方、親イスラエル派のネオコンと行動を共にしてきた。

 バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出してムスリム同胞団を使った侵略計画を承認、11年2月4日にNATOはカイロでリビアとシリアの体制転覆に関する会議を開いたが、マケインはその議長を務めたと言われている。2月15日にはリビアで侵略戦争が始まった。戦乱が拡大する中、マケインはリビアへ入り、アル・カイダ系武装集団LIFGのリーダーと会っている。

 マケインは2011年2月22日にレバノンで「未来運動」のメンバーと会う。サード・ハリリを中心にしてこの運動が始まる直前、2006年8月にイスラエルはレハノンへ軍事侵攻して失敗している。運動の黒幕はアメリカの国務次官補だったデイビッド・ウェルチを中心とするウェルチ・クラブだ。

 サード・ハリリの父、ラフィク・ハリリは2005年2月に暗殺されたが、その直後に西側の有力メディアはシリア政府が実行したと宣伝、その年の10月に国連国際独立委員会のデトレフ・メーリス調査官は「ラフィク・ハリリ元首相の殺害がシリアの治安機関幹部の許可なく、またレバノンの治安機関内部の共謀なしに実行されることはありえないと信じる有望な根拠がある」としていたが、具体的な証拠はなかった。2005年の段階でアメリカの対シリア戦争は始まっているとも言える。

 この事件は三菱ふそう製の白い「キャンター」(バン)を使った「自爆テロ」だった可能性がきわめて高い。このバンは2004年10月に日本の相模原で盗まれ、アラブ首長国連邦のドバイへ船で、そこからベイルートに運ばれていた。

 しかし、その経路は明らかでなく、盗難に関する日本側の情報も不明のままだ。どのような経路で誰の手に渡ったかが明確になれば、真犯人に近づくことができるのだが、真剣に調査したようには思えない。この事件に関し、アーマド・アブアダスなる人物が「自爆攻撃を実行する」と宣言する様子を撮影したビデオをアル・ジャジーラは放送したが、このビデオをメーリスは無視している。

 メーリスが信頼する重要証人のひとりは、アブアダスは事件と関係がなく、シリアの情報機関に脅されて犯行を宣言したのだと主張、またズヒル・イブン・モハメド・サイド・サディクによると、アブアダスが途中で自爆攻撃を拒否したため、シリア当局に殺されたという。

 しかし、ドイツの『シュピーゲル』誌は、サイド・サディクが有罪判決を受けた詐欺師だと指摘、しかもサディクを連れてきたのがシリアの現政権に反対しているリファート・アル・アサドだとしている。サディクの兄弟によると、メーリスの報告書が出る前年の夏、サイドは電話で自分が「大金持ちになる」と話していたという。

 もうひとりの重要証人、フッサム・タヘル・フッサムはシリア関与に関する証言を取り消している。レバノン当局の人間に誘拐され、拷問(ごうもん)を受けたというのだ。その上で、シリア関与の証言をすれば130万ドルを提供すると持ちかけられたと語っている。

 事件の担当者がメーリスからベルマールにへと交代になった後、ベルマールは2006年5月の爆発が地下に掘られたトンネルの中から遠隔操作で引き起こされたという説を語るのだが、大きな問題があった。そんなトンネルが存在しないのだ。

 ハリリ一族はサウジアラビアと緊密な関係にあるのだが、そのサウジアラビアのサウド・アリ・ファイサル王子は2008年5月にアメリカ大使のデイビッド・サッターフィールドらと会い、ヒズボラが勝利するとイランがレバノンを乗っ取ると主張している。

 2013年5月にマケインがトルコからシリアへ密入国、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)のリーダー、アブ・バクル・アル-バグダディやアル・ヌスラの広報担当を含む反シリア政府軍の幹部たちと会談している。この年の12月にはウクライナへ入って体制転覆を扇動、翌年2月のクーデターへつながる。

 マケイン上院議員には死の影がつきまとっていた。

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