ド素人でも尾崎清光 チョーセン会議①

ド素人でも尾崎清光 チョーセン会議①

彼のことを初めて知ったのは宮崎学さんの本でした.https://goo.gl/WndD0B

彼の場合は壮絶な人生を歩まなければなりませんでした.とてもアマチュアができるものではありません.


彼が出世のきっかけを掴んだのは西郷吉之助さんという時の法務大臣の秘書グループに取り入ったことです.


お名前でお察しの通り西郷隆盛さんのお孫さんです.侯爵.奥様は尾張徳川家の直系のお嬢様です.


話は逸れますが徳川のお嬢様は道南八雲町にも縁が深く屡おいでになり歓待を受けました.


とても小柄で華奢、総白髪短髪、天然パーマ、メガネをかけてました.時々お話を伺ったことがあります.


尾張徳川家の家臣が維新後集団で八雲町に入植、艱難辛苦を経て同地に定着、農家として成功してらっしゃいます.


で、西郷さん本当に西郷隆盛さんにクリソツを彷彿とさせるお顔立ちでした.世知に疎く手形を乱発しました.


振出人が西郷吉之助というお祖父様の幼少期のお名前なもんですから、まぁ、その、なんと言いましょうか、手形の割引屋にとっても物珍しさもあって割引に応じパカスカ手形を切ってはカネを得たり手形を騙し取られたりしたわけです.


手形を持った債権者が法務大臣室に押しかけるようになり吉之助さんは手形を回収しなければならなくなりました.


そこで尾崎清光に頼ったわけです.

ここから彼の「黒幕」としての人生が始まります.其の顛末については宮崎学さん(作家の方、同名で動物写真家がいらっしゃいますw)が見事な筆力で活写されています.


  「それはもう強烈な男だった。タフそうな固太りの身体からケモノの精気のようなものを発散させていた」、「尾崎の凄味は徹底して高級官僚や上級役人を恫喝したことにあった。対象としたのは官公庁の局長クラスや知事・大臣らで、課長などには見向きもしなかった。いきなり霞が関の局長の個室に乗り込み、机や椅子を乱暴にひっくり返しながら「××の件はどうなっとるんじゃ、こらっ!わしをなめとんのかっ!」と怒鳴りまくるのが尾崎のいつもの手口であった」「尾崎は根っからの恐喝屋であって、実際「恐喝の天才」だった。恐喝こそ我が無上の道楽といった感さえあった。例えば、あるゴルフ場を恐喝した話を聞いたときは思わず唸ってしまった。ゴルフ場の建設や維持にはさまざまな規制があるが、場内の特定区域では三メートル以上の樹木を植えてはならないという規制がある。この規制を知った尾崎はあるゴルフ場のその区域に勝手に二メートルほどの木を植え、それが三メートルをこえるまで何年も辛抱強く待った。そして、規制違反を確認した時点でゴルフ場に乗り込み、社長を脅しに脅した。巨額の金を脅し取ったのはもちろんであるが、こんなことを考案したり辛抱強く待ったりするのはもはや道楽というしかない」などと記述しています.

 ということなんですが、チョーセン会議に入ると、いとも簡単に、まさしく感嘆するほど簡単に恐喝になるリスクを負わず目的を達することができるわけです.

 それが今回の小学校事件です.そして、特別顧問がアベシンゾー氏であり麻生太郎氏なんです.ご印籠の御威光烏賊ばかりか

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