資治通鑑

資治通鑑

毛沢東は『資治通鑑』を愛読し、一七回読んだと語り

「中国の皇帝は面白いね。ある皇帝はデキるが、ある者はまるで大バカだ。だが仕方がないな。皇帝は世襲だから親父が皇帝なら息子がどんなにバカでも皇帝になる。これは息子をせめても始まらない。生まれたら即皇帝なのだから。二、三歳で皇帝になるという笑い話さえある」

  

中国史には三歳の皇帝がいるが、三歳の赤ん坊が車を引いたという話は聞いたことがない。六歳でも車は引けない。皇帝になることと車引きになることとどちらが難しいと思うかね。皇帝がバカだと、大臣どもがデタラメをやり、民百姓から掠めとる。民百姓が文句をいうと鎮圧するが、その方法は残酷極まる。

  

 『資治通鑑』にこう書いてあるよ。当時の刑罰の一つだが、囚人の腹を割いて腸を引っ張って歩かせるものだ。その苛酷さに民百姓が我慢できなくなれば造反だし、皇帝が鎮圧できなくなれば、それでオシマイだ」。

  

 「中国には二大史書がある。『史記』と『資治通鑑』だ。ともに才気はあるが政治的に志を得なかった境遇のなかで書かれたものだ。どうやら人は打撃をこうむり、困難にぶつかるのはまんざら悪いことでもなさそうだ。むろん、その人に才気があり、志がある場合の話だがね」。

  

毛沢東が紙と筆を求め、震える手で書いたのは「三」の文字。孟錦雲はすぐ理解した。「三木の本」であった。当時、日本で三木下ろしが始まっていた時期で、毛沢東は『三木武夫』(中国で独自に編集した人物紹介であろう)を手にしてうなずいた

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史記列伝は岩波文庫のやつがあります。 

資治通鑑は父の蔵書にありましたが漢文、読み下し文だけだったのでわかりませんでした.

函館中央図書館にあるみたいなんで行ってみようっと.

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三木おろし、対象は当時の首相三木武夫バルカン政治家と異名を取る粘り腰. これに福田赳夫氏、大平正芳氏が挑みました.原因はロッキード事件の追求で田中前首相が逮捕されたことに対する怨念です.1975年のことです.


3当事者はいずれも世襲議員ではありません.三木氏は叩き上げの政党政治家、安倍氏の父方の祖父安倍寛氏と共に反戦を掲げ大東亜戦争時には猛烈な弾圧をかいくぐった強者です.


福田、大平氏は共に大蔵省官僚出身、地方の富裕な家庭の出ですが政治的基盤は自ら作ったものです.

三と書けば今ならアベノミクス「三本の矢」ですね.

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